はじめまして。
僕は98年、川崎生まれ、某アパレル企業で働く社会人。
Theysay では編集に携わっている。
街歩きが趣味で、休みの日には馴染みのない駅や商店街へ1人足を運んではフラフラと散歩したり、道行く人を観察していたりする。
目に止まるのは、大型犬2匹は入るほどの大きすぎるリュックを背負ったおじいさんや、業者への委託を拒み自筆フォントで書き上げた店の看板、注意喚起の役割を終えたひしゃげたカーブミラーだったり。
理屈とかを抜きにした”わからなさ”が、
こっちの想像する余白を作ってくれているような街の風景が、
僕にとっては魅力的でならない。
僕の敬愛する都築響一さんの言葉を借りるなら、
「人間が住んでるところなら、人口が多かろうが少なかろうが、ひとつもおもしろいことがない場所なんてない」と、新しく街を訪れてはつくづく感じるのだ。
2月、まとまった休暇が取れたので神戸へ旅行をした。
読んでいる雑誌やエッセイでよく目にする同一の店名があり、兼ねてからそこへ行きたいと思っていた。
そのお店は 「喫茶思いつき」 というお店で、関西圏ではお昼のワイドショーで紹介される程の有名店らしい。
「思いつき」とは本当に、なんて素直でかわいげのある名前だろうと思う。
JR神戸駅から南へ15分ほど歩いた、兵庫港近くに思いつきはある。
ハーバーランドという大きな商業施設の裏には小学校が建っていたり、住み慣れた川崎とはちがう、開発と生活が混在した街並みがどこか面白くて、歩くのさえ楽しい。
海沿いに弧を描くように整備された工場脇の大通りを進むと細道からふっと潮風が吹き抜けてきて、さきに目をやると、突き当たりに「喫茶 思いつき」の看板が見えた。
その時どきんと胸が高鳴って、やっと来れた、と思った。
お店の前はしんと静まり返っていて、看板がなければ素通りしてしまうほど自然な(?)民家の装いを見せている。
時刻は11時をまわったところ。
辛うじてお店であることを伝える営業時刻のお知らせを信じて、ゆっくりと戸を開ける。
すでに常連さんが肩を並べていて、はじめて訪れる自分へと一斉に目を向けられたらどうしよう等々の心配をひた隠すように、そのときの僕は必死に真面目な顔をつくっていた。
『こんにちは、いらっしゃい』
のちに名前を伺うことになる紀久恵さんが、やさしい声と表情で迎えてくれた。
横には店主の朗子さんが座っていて、少し遅れて目があった僕にゆっくりとお辞儀をした。
あまりの光景に拍子抜けしてしまった。
ずっと昔、母方のおじいちゃんおばあちゃんが経営していた小さな薬局へ遊びに行った時に浴びたのとまるで同じ、そこは人を安心させる空気感に満ちていた。
膨らんだ風船が勢いよくしぼむみたいに、張り詰めた緊張が解けるのがわかった。
それからの時間はあっという間に過ぎた。
僕がこのお店目当てで神奈川からやってきたことや、このお店を知った経緯を伝え、その後紀久恵さんはつぶさに僕へと質問をした。
「お仕事は何をされてるの」
「私の息子が東京で働いていてね、」
「付き合っている子はいるの」なんてことまで。
その軽快な話し振りは僕に、きっと同じような質問や会話を毎回来た人にしているんだろうなと想像をさせた。
でもお二人は、嬉しそうに頷きながら聴いてくれた。
きっと似通った回答は今までに一度もなくて、人との出会いに新たな発見を期待し、それを心から楽しんでいるように思えた。
ひとしきりして落ち着くと、
紀久恵さんは奥の襖を開けて小さなデジカメを取り出した。
「これで来たお客さんの写真を撮ってるの。あなたのも撮っていい?」
突然のお願いではあったが、カメラは既に構えられていて、断る隙を与えないままに撮られた一枚。
元々僕は、写真を撮られることが苦手。
どんな表情でいればいいのかわからないし、何より自分の顔に自信がない。
ただこの写真は正直気に入っている。
写真を撮られたとき、構えられたカメラから覗かせる喜久江さんのやさしい表情を思い出す。
帰り際、僕からも写真を撮らせていただけないかとお願いをした。
お二人は快く引き受け、せっかくならとお店の前まで出てきてくれた。
素敵な写真!
(真ん中に写るのは次女の晴江さん。不定期でお店にいらっしゃるみたいで、運よく写真を撮るタイミングで来店。)
絶対に良い写真が撮れたと、現像するまで出来がわからないフィルムカメラのファインダーを覗きながらたまらなく嬉しくなった。
写真は撮った瞬間の記憶を閉じ込めておくみたいな役割を持っていて、ぼくが撮り手にまわるのはいつもその理由。
お店をあとにする僕が見えなくなるまでずっと、喜久江さんは手を振って見送ってくれた。
「明日閉めるかもしれない」
なんて冗談話をされていたけれど、それがずっと先であってほしい。
とんだおせっかいだけれど、何度でも会いたいと思う人、行きたいと思うお店に出会うことができた。