わからないと言えない病


恥ずかしながら、私は長いところ競争が好きだった。一位になりたいと強く思ったり、自分はどこでも一位になれないんだと何故か快活に自らを詰め、そして改善点が見つかった気がして、エンジン回ってた。


「恥ずかしながら」っていうくらいには、そのくだらなさや暴力性を知ったつもりだが、なぜ競争が嫌いになったのか、或いは興味がなくなったのか、理由はあんまりわかってない。


負け続けて都合が悪くなったからなのか、或いは例えば学校のテストのような、人と点数を比べるわかりやすい「競争」と触れる機会が少なくなったからか。


今私は、外からやってくる競争を、内面化した競争を、引き剥がすようにサバイブしている感覚がある。(学校のテストがなくなっても、決して無縁にはなれないものらしい。)


競争の厄介なところはエントリーしなくても勝手にレースに参加させられるところ。「放っておいてよ」と伝えなきゃいけないし、しかもそれが許されるエリアに行ってからじゃないと、またまた、と負け犬の遠吠えにされる。

競争のいいところは、それを原動力にしている人が一定数いること。「自分がしたいから・したくないから」では動けなくて、負けたくない・勝たなきゃ、でしか動けない人がいる。


あと、何かと決めの根拠になるのも、人気の理由かもしれない。

例えばチームのレギュラーメンバーを決める時、「やりたいやつ〜?」なんて呼びかけたらみんな手を挙げてしまうから、競争させて決める。「本当にやりたいやつは勝てる」的な前提(迷信)が内在化している気もする。


そしてこの二つは共謀し、「競争」の必然性を強固にする。

「本当にやりたいやつは勝てる」は、勝ち負けにイニシアチブを握らせる。それが、「自分がしたいから・したくないから」では動けなくて、負けたくない・勝たなきゃでしか動けない人を生む。


 「競争が好き」だった時の、一位っぽい人を視野で見ながら何も気にしていないふりをする感じを思い出す。自分に関係のある話が、隣のグループでされているのを盗み聞いている時と似た顔になる。

やっぱ「競争が好き」とか「一位しかないんで、自分。」とか言えるほど全面的にそれを出すことはしていなかった記憶がある。それは負けた時に備えた保険でもあったし、その「ライバル」なる人は学校のレベルだから大抵近くにいる人だったから。 


古い日記を引っ張り出す。

とにかく大変そう。まあ他人の言動に苛立って悪口連ねている全てが「競争」のせいとは言わないけど、きっと影響はあるはず。自分も相手もその他の人も「仲良し」と思っている人に対して抱く負の感情って、かなりきついんだと思い出す。


誰にも言えないし、てか好きなところもあってアンビバレントな感情。そう言うのを無視せずに書いておいてくれた自分、Thank you.

競争はせっかちだ。かたいお煎餅が目の前にあった時、舐めて柔らかくする隙なんて与えない。十分に咀嚼させずにそのまま飲み込ませる。


ちょっと複雑な問題や、自分に都合の悪い問題が差し出された時、私たちははなから手をつけず捨てるか、適当に「理解」して飲み込むかしかないように思ってしまう。本当は暫く眺めたり、理解しようと思ってそれができなくてずっと口の中でごろごろ舐め回していたりしていいのに。

なんでかっていうと、はなから手をつけずに捨てたやつや、適当に飲み込んだやつの方が勝てるから。じっと眺めていたり、噛みにくいっすねと、もぐもぐしていたやつは負けた。


 …第二戦。この負けたやつはどう動く。こいつのお煎餅にかける想い次第になってくる。

眺めたり、飾ったり、噛み続けたりできるか!結構負けるのって辛くない?周りの目線、キツくない?


それとも捨てるか無理に飲み込むかして、勝ちに行く?「これは私には関係ない問題です」と言うか、適当に煎餅側の意見(?)に合わせれば勝てるらしいよ。

最悪のシナリオは、体調不良による試合辞退。自分の歯の滑らかさ、咀嚼力の無さを疎ましく思って自分を責めてしまったのだ。


体調不良とか言いながら、実はアホ臭えって煎餅抱えて逃げていてくれ…。



これを読んだ時はふんふん、と思ったものだが今となっては負け続けたあいつがついに「どうしてこの私にも噛み切れる煎餅出してくれないんだ!」とキレたのかもしれないと思うと、なんとも切ない。かたい煎餅噛むの、実は美味しかったじゃないの。


 わかっていないのにわかったふりをしちゃう、わからないからと無視をする、或いはわからない自分を責め倒す。

何が私たちをそうさせるのか、一旦「競争」なるもののせいにしてみたが、競争のない社会ってあり得るのだろうか、とも思う。競争というより、もぐもぐ噛み続ける人を嗤うことが原因かもしれない、もっと他のことかもしれない。わからないものをわからないと言いながら、ぐるぐる考え続ける。それが当たり前にできるためには、何が必要なのだろうか。


結局ケアは誰がしようか

私は「ケア」があんまりわからない。

「人の支えなしに生きていくことなんてあり得ない」ってとこまでは知ってる。自覚してようがしてまいが、我々は人に支えられたり、人を支えたりしている。自分でじゃがいも作れないし、みたいな話なので知ってる。


「本来はケアは他者がするもの」

先日行った、『「いきり」の構造』刊行記念トークイベントにて著者の武田砂鉄と信田さよ子がケアについて会話する中で、「本来はケアは他者がするもの」という言葉があった。(録音等していないので正確ではない。)文脈的には「自立」とか「セルフケア」とかいう言葉が最近蔓延っていますね、って感じの中で。


私はそうなんだ!と素直に驚いた。ケアって人にさせていいんだ、しかも「本来」はそうなんだ、って。

更にトークが終わり、観客からの質問を受け付ける場面で、こんなやり取りがあった。



質問者の問いに、たしかにーと思うと同時に、この手の疑問はセルフケアの話だけでなく、その日のトークイベントでいくつかあったように思う。パッとみ、矛盾を孕んでいるようなところ。「根拠のない自信は素晴らしい」でも、「根拠もなく断言する『いきり』は見逃せないよね」がもっともかも。


つまりその完全なイコール、「セルフケア=正しくないこと」みたいなのは存在しないのだということを意味するのではないか。それじゃあ「おじさん」がセクハラ問題を「女性の容姿の話=だめ」「男性に容姿の話=△かなあ。」みたいな、マルバツゲームで理解しようとする姿勢と同じになる。


いきっちゃダメだよねってことを言いたいんじゃなくて、その、たまたまラベリングしたらそれが「いきり」だっただけで、ってことを理解しないといけない。言葉という媒体の速度の速さ、抽象物なのに説得力が妙にある、というか説得力を感じる人が自分含め多い気がする、ということに注意しないといけない。


で本題に戻ると、「わたしを他者がケアする」をよくないことと思っていた。だから自分がケアする時も金払えよと思っていた。金、というか保証物くれよと思うと。なぜって気を抜くと無賃労働になるから。「専業主婦」という世界を代表するケア労働があり、また看護師等のエッセンシャルワーカーに「ケア」がしわ寄せされすぎている。


その同じ世界で「ケア」を自己完結させようとする、「自分も人をケアしたくないので、人にも自分をケアしてもらわなくていいです」がいる。大量にいる。


そうしたいと思うことは自由かもしれないけれど、人に押し付けないでほしい。けれど、ここでいう「ケア」ってのは大前提、双方向のものなのである。「他者をケアしない/他者にケアさせない」のであれば、周りは「その人にケアされない/その人をケアしない」となるわけで、希望ケア度みたいなのを互いに観察してご希望に沿った形にしないといけない。


長年一緒にいる相手だったり、その関係を近づけるリードタイムがあらかじめ十分に保証されているのであれば、観察し合ってご希望に沿い合える可能性は高いが、そうでない場合(例えば職場とか)ではどうなるのだろう。多数決だろうか。


つまりケア反対派(語弊があるけど一旦そうする)>ケア賛成派、の時はなんとなくケア賛成派もケアし合わない方向に寄る。

逆にケア賛成派>ケア反対派の時。この時、ケア反対派はケアし合う方向に寄るのだろうか。寄らないと思う。だって彼らはケアなしで生きていけるわけで、ケアし合う方に寄る必要がない。この「イチ抜け感」、すごいやだ。「勝ち組感」とも言い換えられる。


単純に「ケア賛成派」「ケア反対派」と分けられるものではなく、その「賛成」「反対」には「ケアされないと生きていけない」みたいな、ケアを望まないといけない場合だって多分にある。


だからめちゃくちゃ不均衡でイケてない二項対立だった、すいません。

どうやら他者にケアされることは悪いわけでもないし、人をケアすることもいいらしい。でも、ケアが仕事として認められていない、無賃だったり過小評価されているうちは、信用できないのも事実。自分からケアしたくてしても、後であれ私、何ももらってないんだけど、てなっちゃいそう。


でも、そのケア労働が十分に認められるのを待ってたら私の人生終わっちゃう。あと、個々に「自立(自律)」を求める流れを助長することにもなってしまう。


ケアがまだまだ仕事として認められていない現状を可視化させ訴えながら、ケアありきで生きていく選択を取りやすいようにする。どうやって並走しようか、「ケア賛成派」であることには変わりないから、同じ方向は向いていそう。


ケア労働をボイコットしながら、ケア労働を続ける。そんなこと、できるのだろうか。どうしよう。

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