6月30日、僕は自身の最新アルバム「乱世の眼帯」を発表した。
全体を貫くテーマは乱世を一人一人の人間としてどう迎えるべきか、だ。この中に生と死、パンデミック、パレスチナ、国民国家体制などの話題を取り上げている。一人一人に出来ることは何かを考えるためのキーワードをラップに入れるようにしているが、この一人一人という単位と真っ向から対立するのが差別であり、差別に基づく排外主義だ。
「レイシストは踊れない」は、そのテーマに正面から挑んだ曲だ。発想は非常に単純だ。ザ・スペシャルズの名曲に「レイシスト・フレンド」がある。1984年に発表された彼らのアルバム「イン・ザ・スタジオ」に収録されている曲だ。もしあなたにレイシストの友人がいるなら、今がその縁を切るべき時だ。それが兄弟であっても、恋人であっても、両親であっても、親友であっても、考えを改めないようならば縁を切れ!と歌っている。ダブ処理されたスカのリズムが心地よく響く中で繰り返しこのメッセージが歌われる。もし、差別や排外主義的思考を持つ人ならばこの曲で踊ることは出来ないだろう。
スペシャルズだけではない。1978年にロック・アゲインスト・レイシズムでザ・クラッシュが演奏した「ロンドン・コーリング」や「(ホワイトマン)イン・ザ・ハマースミス・パレス」で暴れることも出来ないはずだ。そして、P-FUNKのジョージ・クリントンがファンカデリックとして発表した「ワン・ネイション・アンダー・ア・グルーヴ」のグルーヴを感じることも出来ない。それはなんと寂しいことだろう。
ザ・スペシャルズは1970年代後半から活動を始めた2トーン・バンドだ。2トーンは1960年代のジャマイカのスカを聴いて影響を受けたパンクスが70年代に始めたムーヴメントで、2トーン(二つの色)は元々スペシャルズのメンバー、ジェリー・ダマーズの造語で、スカ好きのルードボーイたちが好んで着ていた白黒の服装、そして黒人と白人の融和、協調を指している。つまりスペシャルズというバンドの存在自体が排外主義と対立している。
だが、考えてみればジャマイカのスカもまた、アフリカから奴隷として強制的に連れてこられた人たちの子孫がアメリカ大陸各地で働かされるようになった中で、それぞれの土地のリズムと結びついて生まれた音楽の一つだ。ブルーズ、ジャズ、ゴスペル、スカ、レゲエ、サルサ、ソカ、サンバ・・・こうした音楽はブラック・カルチャーの大きな流れが辿り着いた土地土地で発展していった音楽だ。ブルーズからロックンロール、そしてロックが生まれ、ソウル、ファンクからヒップホップへと繋がっていく。そもそもブラック・カルチャーにおけるブラックは民族を指す言葉ではない。奴隷貿易の犠牲となった奴隷たちはアフリカ各地で王国の争いでなどを経て奴隷商人の手でヨーロッパの王族に売られてきた。彼らは出身部族も地域も異なるが、奴隷という共通体験を経てアメリカ大陸に連行されている(連行されずに途中で亡くなった方も多い)。彼らは異なる出身であっても共通のとても苦しい体験、そして強い故郷への郷愁をもつ集団であり、その共通するコアの部分がブラック・カルチャー、ブラック・ミュージックを貫く感覚だ。
奴隷として財産を奪われた状態で、身一つでこの共通感覚を確認するのに役立ったのがリズム、そして歌だ。このリズムと歌が、アメリカ大陸各地の先住民などの文化とそれぞれに結びつき力強く生き延びていった結果が、今僕たちが享受している音楽ジャンルの多くのルーツになっているわけだ。外から流れてきたリズムが土地土地のリズムと結びつき新しい音楽を生み出す。そして、そんなアメリカ大陸のブラックミュージックが、今度は英国でビートルズやストーンズを刺激しロックを進化させ、フェラ・クティがナイジェリアでアフロ・ビートを生み出す。ニューヨークのブロンクス生まれのヒップホップは、世界の辺境にまで行き渡り、小さな村の子供がラップを始める。こうした音楽の流れを前提にした時、排外主義者が踊れる音楽などあるのだろうか?
差別はダメです、と教条的に唱えるだけでは理解されないかもしれない。2番の歌詞では僕自身が外国人として英国で暮らしていた時の体験を歌っている。この日の出来事は明確に覚えている。その上級生たちが歌いながらランチルームに入ってきた光景は今も記憶の中で鮮明だ。彼らは中国人差別の歌を歌いながら僕に近づき、その時食べていた昼食のプレートを床に叩き落とした。「お前は箸をつかえ。ナイフとフォークは使うな!」そう言うと彼らは笑いながら部屋を後にしたのだ。この時のショックをどう表現したら良いのかはいまだにわからない。だが、力も強そうな白人の上級生たちという強者を前に恐怖を感じたのは確かだ。
当時、このロンドン郊外の公立校にいた東アジア系の子供は僕と弟だけだった。日本人の子供たちは皆、日本人学校に通っていたのだ。僕たちは友達もいるという理由で現地校にいったのだが、そこでこの体験をすることになる。ただ、この時黙って食器を片付けていた僕を手伝いに来てくれた友達もいた。それがベネズエラ人のフランチェスコで、彼はこの後本を一冊貸してくれた。ファンタジー小説だった。
「これ読むと元気になるよ!」その時の彼の笑顔もまた、鮮明に覚えている。差別は無知から始まる。上級生たちはそもそも日本人と中国人も一緒くたにしていたわけだが、僕は一計を案じた。日本人の子供は3年殺しの空手の秘術を親から伝授されている、という話を同級生たちにしたのだ。これが伝わったのか上級生たちはその後、ちょっかいを出してこなくなった。子供のたわいの無い嘘だが、差別心を生み出す無知とはその程度のものでもあるのだ。
3番では、差別と排外主義と裏表の関係にある集団的ナルシシズムを歌っている。野球の大谷選手やボクシングの井上選手と自分を同一視して、他者を攻撃するような心理は他人の褌で相撲を取るようなものでみっともない。民族などの属性だけでテロだとか犯罪者だと決めつけるのも同じ構造だ。僕は日本人なので、たとえば地下鉄サリン事件を起こした人たちとは国籍が同じだ。茶碗でご飯を食べるのも同じだろう。じゃあ僕はサリン事件の犯人と同じなのか? そんな主張が馬鹿げているのは考えるまでも無いだろう。ここでも欠けているのは一人一人という視点だ。もちろん集団ごとに生活様式は異なり、自分と違う生活様式を見た時は戸惑うのもわかる。ただ、それでも目の前にいる人を一人の人間として見ることが出来るかどうか。
国立民族学博物館の辺境ヒップホップ研究会の同僚である軽刈田凡平さんは「レイシストは踊れない」を聴いた感想として、踊れる側にいたい!と言ってくれた。またリズムが鳴り始める。音楽が始まる。サビのやーいやーいは子供たちの囃子声だ。差別は言葉の営みであり、差別はいけないというのもまた言葉だ。内心の思いもまた言葉でなされる。ラップ表現もまた言葉だ。だが子供たちは言葉以前の感覚を有している。そして、子供たちはリズムにも素直に反応する。そんな子供達が教えてくれるのだ。
隣にいる名前も属性も知らない子と一緒に走り出すように、音の鳴る方へ行ってみようよ!と。
僕は、あなたと一緒に踊れれば最高だと思っている。
「レイシストは踊れない」
やーいやーい
やいやいやーい
racists don't dance
Hater's ain't no fun
レイシストはスペシャルズで踊れない
2トーンスカのリズムに乗れない
異なるものに怯えるしかない
毒舌 高説 そのくせ何にも知らない
特別可愛い自分に 執着 して
地球を知らずに地球儀 を掴む
理屈をいくつ並べたところで
隠せない 恐怖に震えるココロ
外せない色 メガネ 見ろよ
ヘタレ 少しはシャンとしろよ
蕨に集まるワナビー保守
は悲しい さもしい北斗の拳のモブ
保ってるのは劣等感
守ってるのは絶望か
ヘドが出るぜ レイシスト
スペシャルズのないプレイリスト
ロンドンのガーデンサバーブ
様々な人種がサバイブ Stay alive
俺と弟は二人きりのエイジアン
スティングSings イングランドのエイリアン
食堂でのランチ 上級生四人が
シンギン&ダンシング 近づいてきてパンチ
なんだ? さらに拳で脅された
ランチトレーを手で払って床に落とされた
チンチョンチャイナマン
お前は箸を使え、ナイフとフォークを使うな!
笑いながら部屋を出たヤツら
俺は床を見つめ、食器を片付けた
すぐ俺の隣に駆けつけた
のはベネズエラ人のフランチェスコ
あの上級生はクソなレイシスト
だが友達はまたとないギフト
例えば地下鉄サリン事件の犯人
と同じ国籍、文化を持つ一般人
箸でご飯を食べるだけでテロ
扱いされたらムカつくでしょ
大谷や井上がいくら凄くても
俺もお前も凄くない でも
都合によりいいとこ取り
みっともないぜ 人のふんどし
一人一人を人としてみるか?
数や書類上の文字としてみるか?
実在する人生 人の数だけ
リズムが鳴ったぜ さあ集まれ
輪になり手繋ぎ ネウロズのように
同じビート デラソウルの土曜日
スペシャルズで踊り、クラッシュで騒ぐ
DJがOne nationを一つのグルーヴで回す
DARTHREIDER「乱世の眼帯」収録曲
01. What's Going On?(Prod. DJ ANDO)
02. Tell Me Why?(Prod. 57move)
03. レイシストは踊れない(Prod. asa)
04. This Rap Shit feat. 森田くみこ(Prod. Hip-Gopnik)
05. Step In To The Cypher(Prod. DJ ANDO)
06. 石を投げました(Prod. 57move)
07. Talking All That Jazz(Prod. 1an(sour inc.)
08. 東京の音(Prod. asa)
09. Mama Said(Prod. DJ ANDO)
10. 乱世の眼帯 feat. 森田くみこ(Prod. DJ WATARAI)
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