私は飲食店に入店してから、メニューを開いて注文するまでの時間が短い。
「はやっ。もう決めたの?」と言う友人のセリフを何回聞いたことだろう。
そして、洋服屋さんに入って、商品を選びレジに持って行くまでの時間も異様に短い。試着をしないからいまだに「丈感」というものがわからない。生まれてからの二十数年、ダサい丈感の服を着続けている。
それもこれも父親との幼少期の思い出に起因する。
父親は異常に短気だった。
外食をする時、数分メニューを吟味すると父はイライラし始めるし、自分より食べるのが遅い私を見て、私が最後の一口を口に運んだ瞬間に父はレジに向けてロケットスタートをかます。
(ちなみに顔を想像するならば、父は漢a.k.a GAMIに似ているとよく言われる)
ショッピングモールなど洋服屋さんで買い物をしている時も、洋服を選び出して5分を超えた頃から、父親の顔が曇り出す。「まだ?」の声がかかる前に、いかに「良さそう」な服を選ぶかが勝負になってくる。
「良い」ではない、「良さそう」だ。
家族の買い物に付き合わされてショッピングモールのソファでぐったりしているお父さんを見て、何度羨ましいと思ったことか。
それを20年も続けると、その道でもかなりのベテラン選手になってくる。
あれだけせっかちで短気な父親を驚かせるほど全てを選択するのが早くなる。
そんな父が最近ガンになった。
父からの連絡を受けて、病院に付き添ったり、不安だと聞いて何度か家に行って話を聞いたりした。初期のガンとのことで、父はとてもへこんでいた。
「何の意味もないけど、心が落ち着かなくて一日中公園を歩き回っている。そのせいで靴が壊れた。」と、落ち着かない様子で部屋を何周も歩き回りながら父親が話してくれた。
5回ぐらいその話をしていた。
後日、洋服を買ってやるからショッピングに行こうという話になり、父親と古着屋に行った。いつも通り、私は信じられない早さで洋服を選んでいく。
「もっとゆっくり選んでいいんだよ。」と、父親から思いがけない言葉が飛び出した。
買い物をする時間を引き延ばすことで、気がまぎれるから時間をかけてくれ、という話だった。
びっくりした。あれだけスピード重視の父親が??
無駄な時間が嫌いな父が、無意味な時間を一所懸命に過ごそうとしている姿を見て、胸が苦しくなった。
その驚きといつもの癖が抜けず、結局最初に最速で選び抜いた「良さそう」な服を数枚手にして、洋服を選んでいるフリをして店内をウロウロした。
結局、家に帰って選んだ服を着てみると、袖に笑ってしまうぐらい大きな穴が空いていた。
全く「良さそう」ではなかった。ベテラン選手の私にも動揺が見られていた。
一方で、そんな父に対してうんざりしてしまう時もある。
私から何を伝えても(もちろん無責任にポジティブなことは伝えないが)、ネガティブな返答で「他人事だからそんなことが言えるんだ。」といった話をされる。
不安だから、と父に呼ばれて家を訪問した時も、もう人が家にいるのはしんどいから自分の家に帰ってくれないか、と言われる時もあった。
ガン宣告をされたからこそ、自然な心の動きだと思う一方で、じゃあどうしたらいいんだよ!!と思ってしまう時もある。
父は幼い頃からスポーツ一筋の体育会系で、いまでもそうした業界にいる。
両親は離婚しているため、父と一緒に過ごしたのは10年間ぐらいだが、マッチョイズム的な思考が強いのだろうとよく感じる。
だからこそ、他者に弱みを見せるなど禁忌と思っているに違いないし、実際、こうした悩みは子である私にしか相談していないようだった。
でも、これって健全な関係じゃないのでは?と思う。
相談することがいかに負荷がかかることか、父は考えてくれているのか?
依存先を増やして、色々な人に相談することがお互いにとっても良い形なのでは?と色々考えた。
それと同時に、そんな考えをしてしまう私はドライで最低なヤツなんだろうか、と何度も自己嫌悪した。
何が正しいかは全くわからない。
私は父を大切に思っているし、何もできなくても、何も言わなくても、一緒にいることが何かの力になると思っている。
もしかしたら、それを免罪符にしているのかも、とまた自己嫌悪に陥る日もあるけど。
数日前、父に会いにいった。
意を決し、「私以外にもお医者さんやカウンセラーの人、友達に話してみると、また違う意見が聞けたりするかも」という旨を話してみた。
今まで私が父に意見をしたことはあまりない。基本的には父のイエスマンであり、父に無い選択肢を提供することもあまりなかった。
それを聞いた父は全く話の中身を聞いていないかのように、聞かなかったかのように、私が話しかけたという事実だけに、小さく笑って頷いた。
何が正しいかは全くわからない。
父との関係性、そして病気との向き合い方。
私はどんな選択をするのが良いのか、
時間をかけて決めていくしかない。