「ロマンチックの裏側」by Shelly


馴れ初めってやつを人はみんな聞きたがる。
「ねぇねぇ、どこで出会ったの?」
とか、
「えっ、何してる人なの?」
といった具合に。

アラサーに片足突っ込んだくらいの頃、
「知人の紹介で」
とか
「飲み会で一緒になってさ」
的な出会い方をしてるイマドキなカップルの話をたくさん聞いた。
みんなそれぞれ理想と現実にギャップがあって、隣のカップルと背比べをする友達も多かったと思う。


「いいな〜、あの子の彼氏は」
みたいなフレーズに始まり、次に飛び出すのは勿論グチだ。
「ウチの彼氏は深夜近くまで仕事で帰ってこなくてさぁ」
「分かるー!浮気してないか心配で眠れないんよねー。ウチのもさぁー…」
そんな具合に発展する。
「はあ、悩みは尽きないよね、分かる、分かる…」
慰め合いながら友人とカンパイ、そのままぐびっとお酒を飲み干す。
ちなみに私は超お酒が弱いので、いつも薄ーい梅酒の水割りなんだけど。これがまた飲みやすいもんだから弱いこと忘れて飲んじゃう、飲んじゃう。
「ぷはぁ〜!ね、もう一杯飲もう!あー、明日も朝から仕事かぁ。まあ、いいや、今日は飲もう!今日だけ、今日だけ!!」
とまぁ、そんな調子で朝まで飲み続け。朝日を浴びながら急いで帰宅、なんてこともあったかなぁ。


かつてのバブル全盛期、1980代頃は高収入・高学歴・高身長の「3高」男子がもてはやされたというけれど、あこがれの男性像ってヤツは今も昔もそんなに変わってない。

例えば、イケメンで高身長なアメリカ人パイロットの旦那様と余裕のある生活、なんて最高の響きでしょ?
まさに「3高」。しかも一途に自分だけを愛してくれ、可愛い子宝にも恵まれる。旦那様は毎日赤ちゃんのお風呂を入れてくれて、子育てにも協力的ってシナリオです。
「そんな生活一度でいいからしてみたい!」
そう憧れる女子も多いんじゃない?

実は、私のお友達の旦那様がこちらの「理想の旦那様」。
そんな素敵な旦那様と共に2人のティーンエイジャー男子を育てる専業主婦、やっちゃんのアメリカ結婚生活について今日はお届けしたい。

あっ、先にお伝えしておくと、ただのノロケ話しではないのよね。
要するに、
The grass is always greener on the other side of the fence….
隣の芝生は青いってやつ。
肩書きだけ聞くと「なんて素晴らしい結婚生活だろう!」って思うけど、実際はそんなんじゃない。

とある日の午後、私たちは我が家で女子会をすることになった。女子会といっても2人きり。ご近所の日本人って本当に少ないのよ、この辺り。


さて、この日は美味しいケーキのお土産を持ってやっちゃんが我が家に遊びに来てくれた。アメリカのスイーツって甘すぎるものが多いんだけど、このケーキは私好みのさっぱりした甘さでマジ最高。2個も食べてしまった話しはさておいて・・・

私は彼女の馴れ初めについて色々と質問をした。
「ねぇねぇ、旦那様って何されてるの?」
「パイロットをしてるのよ。」
「えぇ〜!すごい、めっちゃカッコいいじゃないですか!いいなぁ〜!」

ちなみにやっちゃんは私の母と同い年。若々しく可愛らしい彼女なので、ついついタメ口で話してしまう。


「どこで出会ったの?アメリカに来てから?」
質問攻めする私。
「マナティを見るため友達と海外旅行に出かけたの。そうしたら、宿泊先のホテルで今の主人に出会ってね…」
私はお気に入りのフルーツタルトを食べながら、
「ていうか、どんだけロマンチックな出会いやねん!羨ましい〜!」
と思わずツッコんでしまった。ドラマのような出会いを聞き、淹れたてのコーヒーがアツアツってことを忘れヤケドした。
さぁ、次はどんなノロケ話が聞けるのかとワクワクしていた矢先、寂しそうな表情になってしまったやっちゃん。
「最初は良かったんだけどね…もう、それはそれは大変なことばっかりだったのよ…」
「えっ、本当に?どんなことが大変だったの?」
「そうね・・・まず、ほとんどの期間ワンオペで息子2人を育ててきたの。夫もすぐ仕事に復帰しなくちゃいけなくて。慣れない土地で2人の息子を車に乗せて、保育園に送った後遊びに連れて行ったり。英語も当時そこまで話せるわけでも無かったし、たったそれだけのことでも1日掛かりで準備してたかな。
そうそう、食事も大変!夫はアメリカンなものしか食べないのよ。息子たちもそう。私しか日本食を食べないの。だから、夫と息子たちのご飯を用意して、それから私の食べたいものを作って食べる。それが毎日だから、慣れはしたけど大変だったね。」

この後、夫婦喧嘩の話や語学の壁の話などいろんなエピソードを聞いたのだけれど。
その中でも私が特にビックリしたのは「ドア破壊事件」。


ある頃を境に、思春期を迎えた息子さんたちは自分の部屋に鍵をかけるようになった。夜中まで起きているらしく、朝起きれないこともしばしば。ゲームをやめない次男にやっちゃんは言う。
「ドアを開けなさい!宿題は?今何時だと思ってるの!」
旦那様はフライトで出張中。やっちゃん一人で何とかするしかない。しかしティーンの彼はもれなく反抗期、もちろんドアは開けません。

「開けなさい、ご近所迷惑でしょう!明日の学校寝坊するわよ、間に合わないよ!」
その時、ドアがバーンと開いた。そのまま息子はやっちゃんに向かって歩いてきて、そこから取っ組み合いの喧嘩に!
小柄なやっちゃんも負けじと抵抗する。間違ったことは言ってない、母として頑張らないと!そう思った。
やっちゃんよりも随分と身体が大きく成長している息子。力で敵うはずもなく、やっちゃんはたちまち遠くにぶっ飛ばされてしまった。
「いったぁ・・・」

この時肋骨を強く打ち、しばらくの間動けなかったそう。こんな時に夫がいてくれたら・・・
電話してみたけれど繋がらない。やはりフライト中か・・・。
反抗期の息子を何とかしようと考えた彼女は、ついに秘策を思いつく。「そうだ、ドアがあるから大変なんだ。ドアを取っ払ってしまおう!」
なるほど、確かに・・・笑っちゃうような作戦だけど、当時の彼女は必死だった。
夫の帰宅を待ち、彼女は作戦を決行することにした。まず、ドアにつけられた金具をドライバーで綺麗に外す。流石に重いので、ドアは旦那に運んでもらうことに。修理されないよう外したドアはガレージに保管することにした。
さぁ、これでどんなことがあっても彼は部屋に閉じこもることができなくなってしまった。 
帰宅した息子は唖然とする。もちろんドアを外したやっちゃんに大激怒!そこからまた取っ組み合いの喧嘩が始まることとなった・・・


「たっ・・・大変だったね、やっちゃん。」
「私の育て方が悪かったのかなって何度も思ったの。慣れないアメリカで結婚するのを決めたのは私だし、泣き言は言いたくない。でも、親が近くにいてくれればな、とか、何でウチだけ、とか。悔しくて泣く日もたくさんあったよ。」

フロリダには日本行きの直行便がない。帰ろうと思ったら、乗り継ぎ便でトータル20時間くらいかかるんじゃないかな?とにかく、実家に帰るのにはお金も時間もかかるのだ。
つまり、夫婦喧嘩や子育てに息詰まったとしても、自分で何とかするしかないという状況に辿り着く。ドラマでよくある「実家に帰ります、しばらく帰りません」みたいな展開にはならないのだ。

先述した通り、日本人が殆ど住んでいないエリアで生活している私たち。母国ならではの感覚や価値観を共有できる身近な友達がいないとなると、尚更追い込まれやすいだろう。

それでもやっちゃんは頑張った。いろんな壁を乗り越えて、息子たちは成人目前のところまで成長した。


「ロマンチックな出会い方だったかもしれないけど、いざ結婚してみたら地味で大変な毎日の繰り返し。
息子たちが独り立ちするところまで育てることができて、ようやく色々と落ち着いたかなって思うよ。
結婚に子育て、彼らの将来にもいろんな理想はあったけど、今は健康に毎日生きていてくれればそれでいいって思ってる。」
と彼女はいう。


時計は既に午後4時を回っていた。
「もうこんな時間!今日は息子たちにスーパーで色々と買ってきてと言われてるのよね・・・」

理想と現実って響きはなんとなくマイナスなイメージ。
その「現実」ってやつ、それはそれで超幸せなのかもしれない。
何のチップス買おうかな〜、とニコニコしながら帰宅の準備をする彼女をみて、そう思った。

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