私は1年で新卒入社した会社を辞めた。
正確に言うと1年も経たずして、休職をして退社した。
昔からエンタメが好きで、それにかかわる仕事をしたいと思っていた。
学生時代にはテレビ局や芸能事務所などエンタメ業界での就活をしていた。
結局、紆余曲折あり私は新卒で音楽プロダクションに入社することになる。
はじめは、事務所に所属していないアーティストを支援したり、海外で活動をしていくための基盤を作っていくための部署に入ろうとしていたのだが、現場を見ておくのも今後のキャリアには必要ではないかという思いと、なにより会社の人手不足もあり、アーティストを担当するマネージャーの部署に配属になった。
「音楽業界」「マネージャー」と言うと、一般的にはキラキラしたイメージを持たれるだろう。
近しい業界で働く知り合いから話を聞いていたこともあり、正直、私は最初からキラキラしたイメージを持っていなかったのだが、実際に働いてみた感想は、「いい意味でも悪い意味でも泥臭い」といったものだった。
もちろん、キラキラした部分もあるし、この業界に居なければできない経験もできた。
そしてなにより、エンタメ業界ゆえに始業が遅いことは自分にとってアツい条件だった。
満員電車が苦手な私にとっては、遅い時間に空いた電車に乗って出社できることはよかった。
そして、部署に配属されてからすぐマネージャーとしてアーティストを担当した。
ライブやメディア出演に帯同したり、リリースの戦略を考えたり、ツアーの工程を組んだり、人手が全くない中で担当する仕事はいろいろだった。
加えて、運転や機材の積み込みなどもマネージャーの仕事だった。
地方でイベントがあれば半日かけて運転をするし、朝4時から日付が変わるまで稼働することもままあった。
私の要領が良くないことや性格もあるだろうが、運転や積み込みなど物理的な拘束時間が多いなかで、その他の仕事をこなしながら、職人気質なスタッフたちと関係性を築いていくことは容易ではなかった。
本当にしんどいと思う瞬間は何度もあったが、担当していた方々や近しい人たちなど、幸運なことに周囲の人に恵まれていて、毎日楽しくこんな人たちと過ごせてうれしい、と思う瞬間も多かった。
そんななかで自分自身のキャパも分かっておらず、「厳しいです」「できないです」など「NO」を言うことを恐れて「大丈夫です」と言って引き受け続け、労働量がキャパを上回ることにも気付けていなかった。
入社から数か月後、なんとなく不調はあったが、私が頑張らなければ、好きな人たちに迷惑をかけてはならない、という思いが、その異変に蓋をしていた。
しかし、その不調が仕事に実害を及ぼし始める。
会議中に涙が止まらなくなったり、
ハイエースのハンドルに手をかけるだけで手が震えたり、「なんとなくやばいかも」と思っていたところに、目に見えて異常をきたし始めて焦った。
気付けばすっかり心を病んでいた。
それでも頭の中には仕事を止めるという選択肢はなく、泣きながら「どうしたらいいですか?」と上司に話したことだけを覚えている。
上司からしたら一番困る相談のされ方だったかと思うが、「いったん休もう」と提案され、そこで初めて「私って休んでいいのか!」と「仕事を続ける」以外の選択肢があったことに気付いた。
そこから私は数か月休職をすることになる。
家にいて、ベッドから動けず、ただ天井を見つめて1日が終わる。たまに病院に行くだけの生活だった。
そんなある日、かつてのバイト先の上司たちと会う機会があった。
上司と言っても、私は勝手に友達だと思っているぐらい近い距離感であり、何でも相談できた。
かくかくしかじか、こんなわけで休職していて、と話すと、「辞めたら?」と2秒で回答が返ってきた。
そこで「私って辞めていいんだ!」と「休んでから復職する」以外の選択肢があったことに気付いた。
ここまで書いていて、なんて視野が狭いのか、と自分でも愕然としたのだが、新卒で入社してすぐに「辞める」という選択肢は出にくいだろう。
ましてや、そんな精神状態の自分にとって、ほかの選択肢を持つことすらなかった。
それでも「辞める」という意思は固まらなかった。やはり「NO」ということへの恐れがあった。
「辞めたら?」と言われてから数日後、少し気が晴れたような気がして外に出てみた。
仕事を初めてからずっと、足の疲労感が取れなかったので、生まれて初めて足のマッサージに行った。よくわからないが、それなりにいい値段のする評価の高いところを予約した。
マッサージ店に入ると、どう考えてもただものではない角刈りの老年女性が出迎えてくれて、
これはとんでもないマッサージの腕前を見せてもらえるのではと期待が高まった。
マッサージが始まり、角刈り老年女性はやはりただものではない手さばきで足をマッサージしていく。私は彼女を心の中で師範と呼んでいたので、師範と言うことにする。
師範は太ももやふくらはぎをマッサージした後、足の裏のツボを押し始めた。
激痛。痛すぎて、バラエティー番組の罰ゲームぐらい体を動かしながら悶絶した。
師範が「痛いですか?」と声をかけてきたのだが、「この人もベストなパフォーマンスで一生懸命やってくれてる」「もしかしたら痛いほうが効果があって身になるかもしれない」と思い、身をよじりながら「大丈夫です」と答えた。
どう考えても大丈夫ではないことを師範も分かっていただろうが。
なぜお金を払ってまで「大丈夫です」と答えているのか、自分でも意味は分からなかった。
その時に、ハッとした。
確かに今の私は全然大丈夫ではない。なぜ「NO」と言わないのだろうか。
考えてみれば、私はこれまでの人生を自分の痛みに鈍感で、「NO」を言わずに生活してきたことに気付いた。
まさか、足つぼマッサージで人生の気付きを得るとは思っていなかったが、その帰り道、「お話があるのですが…」と上司に連絡をした。
私は今、前の会社を辞めて新しい会社で働いている。
始業時間は早まって、朝の満員電車はいつだって慣れないし、正直楽しくない仕事も多いが、人には恵まれていて、なんやかんやこの会社に入ってよかったと思う瞬間もある。
「最近の若者はすぐ辞めて~」「Z世代は退職代行を使って~」なんて話をよく聞くが、辞めても転職・起業・フリーランスといった選択肢を自由に選べるようになっただけでは?と思う。
これまでの時代や環境がそれを許さなかったり、気付かせなかったりしただけで、自由に選択することができる環境にあれば、そんな話をする人たちだって色々な選択をしたのではないだろうか。
結局その自由な選択をしたことで、人生の中の責任を持つのは自分自身でしかないわけだが。
もちろん、辞めることで迷惑をかける人たちも出てくるのだろうけど、誠実に人と向き合っていれば、迷惑をかけたことを許してくれるどころか、手を差し伸べてくれることもある。
結局、働く環境がどうであれ、こいつを手伝いたい、こいつの幸せを祈っていると思ってもらえるような人間関係が気付ければそれで十分だと気付いた。
4月、リクルートスーツを着た明らかに新卒の会社員を電車で見かけるたびに「健やかに過ごせますように」とひそかに祈る。
自分本位に、でも誠実に、仕事や人との距離感を図りながら、「痛いです!」と言えるぐらいのあなたでいられますように。
それは電車の窓に映る死にそうな顔をした自分自身にも向けた祈りでもあるのかもしれない。
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- 2026/05/02Column足つぼマッサージに行って会社を辞めることを決意した話
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